イギリス、ユニコーン、そしてあたし。二人と一匹の家路に会話はなかった。伝えたいことが多すぎて、逆に何を言えばいいのかわからなかった。きっと、イギリスも同じだったんだと思う。(ユニコーンは…まぁ、話せないから仕方ないとして)でも、彼等といるのは凄く心地が良くて、あの公園から家に着くまではあっという間だった。家に着くとユニコーンは私達を一瞥してから、庭の方へと走っていった。それを見送ってから、イギリスがドアの鍵を開けて扉を開いたまま私が入るのを待ってくれる。


「た、ただいま…」
「あぁ…。おかえり」


 家に帰ってきたときに言う『挨拶』。当たり前なのにとても恥ずかしい。私が言って、それをイギリスが迎えてくれるのがむずがゆい。少し離れていただけなのにひどくなつかしい。…それほどまでに私はこの家を自分の一部にしてたんだ。だって、何よりも嬉しかった。もう一度この家の敷居に入れる事、否、『帰ってきた』ことが。そしてイギリスの呆れたような、それでいて優しい笑顔…。
 リビングに行って時計を見やれば夕餉時。ご飯を作ろうとそのままキッチンへ移動し冷蔵庫の中身を確認して…


「あ、れ…?イギリスのくせに冷蔵庫の中身、充実してるじゃん!こういうの宝の持ち腐れっていうんだよ!」
「お前なぁ!帰ってきて一番最初にそれは無いだろ!俺だって、少しは料理を練習しようと…。べ、別にに影響受けたわけじゃないからな!」
「はいはい。じゃ、私は『お手伝い』するんで、頑張ってくださいよイギリスさん」
「この俺の作った料理を、神と俺に感謝して待ってるんだな」


 とかね、イギリスの野郎はほざいたんだけど、結局、8割くらい私が作った…。イギリスの料理に関しては最初から期待していなかったから仕方ない。でも、以前より少しくらいは上達してたと思う。一週間放置した爪の長さくらい。


「はぁ…いただきます」
「…いただきます」
「そんな拗ねないでよ…。まだ始めたばっかりなんでしょ?」
「拗ねてねぇよ!」
「あんたまだ何年も生きるんだろうから、少しずつ上達していけばいいでしょ?それは…自分がよくわかってると思うんだけど」
「そうだな…」


 自分の活躍の場が奪われてしまったのか拗ねてしまったイギリス(あのまま活躍させてたら死亡者を一人出してたけどね!)。少しずつ…少しずつ…。私と『国』ではその尺は違うだろうけど、努力が報われるってのは彼自身理解しているはずだ。どうしてここまで逸れてしまったのかも謎だけど。
 報われる、よね…。と、思いつつも、少しだけ国全体としてのイギリス料理が心配になって心の中で溜息をついていると、イギリスがぽつりともらした。


「やっぱり、いいな」
「何が?」
「こうやって、誰かと飯を食うってのが」
「…」


 そう言ったイギリスの顔はとても悲しげで…少しだけ虚ろになった瞳は過去を思いだしているのか泣きそうで――そういえば以前フランスに『アメリカは元はイギリスの弟みたいない感じで、かくかくしかじかあって独立しちゃったんだよねー。まぁ、ちゃんの世界でも独立戦争くらいは習ってるでしょ?』とか言われたっけ?確かに習ったけど。イギリスんとこに居候してるけど、アメリカとはあまり関わったことないから忘れry…――昔は、小さいアメリカと一緒にこの家に住んでて、一緒にご飯食べて、泣いたり、笑ったりしてたのかな…。イギリスが私をアメリカの代わりとして見るようなことは無いを思う。ただ、懐かしさと暖かさを思いだしてセンチになってるだけ、だと思うけど…。家族でご飯を食べる。うちは母一人子一人で、お母さんはいつでも働きづめだったけど夜ご飯だけは絶対に一緒に食べられるように帰ってきてくれた。でも、イギリスは何百年も一人で…。


「それなら…イギリスは生徒会の仕事とか国としてやらなきゃいけない仕事とかたくさんあるけど、私待ってるよ」
…」
「だって暖め直すの面倒だし」
「一瞬でもに感謝した俺がバカだった」
「へへ〜!そうそう。あんたは私に呆れてればいいんだって!」
「無駄に疲れさせんな!」
「過去に思いを馳せて、変にかっこつけんのやめてくれる?」
「んだとお前!」
「いろいろ忘れちゃいけないけどさ、もう、戻ってこないんだし…。一瞬の過去に縛られていられるほど、あんたらの時間って無駄に出来ないはずだと、私は思うんだけど…」
「…っ!」
「だから、ご飯冷めないうちに食べちゃってよ」
「だからの意味がわかんねぇ」


 私自身も、素直じゃないなって思う。ただ、イギリスを元気にしてあげたいんだけどやり方がわからないというかなんというか…。私が変にふざけて、イギリスは疲れるかもしれないけど、それでいつものイギリスに戻ってくれるなら、いいかなって。そうそう、イギリスはつっこみ役に徹していればいいんだって。今は、私がいるんだから…。
 食事を終え、イギリスが淹れてくれた紅茶を飲んでいると電話が鳴った。イギリスが出る…相手は日本くんのよう。んー、何やら深刻な話?って、私の名前出てきたし!なんだろう…と思いながら最後の一口になった紅茶をぐいっとあおり(優雅さは期待しないでほしい)、電話の内容を聞く。


「どうしたの?私の名前、出てきたけど」
「今から日本が来るらしい」
「今から?!そりゃまたなんで?」
「それはこっちに来てから話すんだとよ」


 電話で内容までは聞けなかったらしい。直接こちらに来てまで話すような内容?私に関すること?元の世界に帰れる方法でも見つかったのかな。
 元の、世界に…。
 そうだ。わ、忘れてた…ものすごい大事なこと。私はこの世界の人間じゃないんだ。元の世界にはお母さんがいて、私は国じゃなくて、イギリスは国で…。そうだ…そうなのに、私はとんでもない相手に恋を…。私の気持ちにイギリスは答えてくれた(というか、イギリスもだったのだ)けど、私には次元を越えた帰る場所があって、もしこの世界に留まり続けることになってしまっても、ずっと『ここ』にいられるわけじゃなくて。今は一緒にいるけれど…いつか私達は…。(待ってるって、一緒にご飯食べるって、さっき、約束したばっかりなのに…)
 そのことに気付いて、それが頭の中で、まるで高速演算のようにぐるぐると回って、薄いティーカップが私の手を離れ重力に従って落ち、カシャンと音を立てると同時に私は意識を失っていた。



『み…こ…』
っ!」



 私を呼ぶイギリスの声が、遠くに…。



――――――――――



 夢を見ました。
 なんてことはない夢です。
 普通の男性と、普通の女性が、恋に落ちる夢。
 顔立ちは私と似ていて、きっと日本人でしょう。
 国として生まれた私は、たくさんの人が生きて、笑って、怒って、悲しんで、喜んで、恋をして、大切な人ができて、別れていく様を…見てきました。 そして、私も、一瞬だけ「人間」として…(いや、それはいいんです)
 彼等もまた、たくさんの人と同じように涙を流して別れて…という、今回の夢もいつものように、誰かの記憶を夢に映しているのだと、そう思ってました。
 彼等の顔をよく見るまでは。あれは…あれは…


『日本、彼女の役目は終わる。お前の言葉で、受け入れさせてやってくれ』


 さきほどまで夢の主役だった男性が、私に語りかけてきて…。
 はっ、と、気がついた私は、すぐにイギリスさんに電話をして、家を飛び出して走りはじめた。
 時間など気にしていられない。
 今すぐにでも伝えなければ。彼女がここに来た理由を…!



――――――――――



 倒れたをリビングのソファに寝かせて、割れたティーカップを片付けてからどれくらい時間が経っただろうか。俺の分の紅茶も随分ぬるくなってしまった。ポットの中の紅茶も、渋みと温度が酷そうだ。
 日本の慌てた声と、目の前で眠っている。口がいやに乾くのに、紅茶で喉を潤す気にはなれなかった。
 呼び鈴が鳴り、急いでドアを開ければ息を切らした日本が「さんのところへ!」と言うのでリビングに戻ってみれば、そこにはが俺達に背を向けて立っていた。そしてゆっくりと振り返るとは口を開いた。


「ようやく来たか、日本。私の口だけでは足りぬ。この男は信じぬ。さぁ、説明してやってくれ。『私』が、ここにいる理由を」


 そう言った目の前のやつの、俺と日本を射るその瞳は、悲しいような冷たいような、月のような不思議な色をしていて…決してのものではなかった。