手を引かれて歩くこと数分。
 プロイセンが立ち止まった。それに合わせて私も止まる。目の前には、家。


「着いたぞ」


 どこに?という感じだったが、さっきから質問しても何も答えてくれなかった。きっと家主が出てくるまで私はどこに来たのかわからないんだろう。
 イギリスと出かけた日みたいだな…とデジャブを感じた後に、当人のことを思い出して少し悲しくなる。
 プロイセンがインターホンを押し、ピンポーンと音がなる。「はい」と相手の受け答える声。聞いたことある声、と思ったが、私にはそれが誰だかわからなかった。
 インターホンの向こうへ「を連れてきたんだが、ドアを開けてくれ」とプロイセンが頼んでいるとき、私はふいに空をみた。雨が止んで、雲が流れ、時間が経った、夜の空。星々が爛々と光っているのが目に入る。
 だけど、何かが足りない。最初は満ちていて、段々と欠けていった…あれが…。

 新月…。そうか、今日は、新月…。月の無い日。月…月…
 月が、無い?

 そう考えた時、私の頭の中を何かが駆け巡り私は目を見開いた。駆け巡ったのは、何?と、考えようとするが、私は意識を失い重力に従って、崩れ落ちる。
 プロイセンが私を呼んでいる気がしたけど、私は答えられなかった。


――――――――――



「そうですか…。はい、大丈夫です。わざわざすみません…。ありがとうございます」


 ガチャリ、受話器の置く音。
 おかあさん。誰と話しているの?
 おとうさん。今、どこにいるの?

 熱にうなされ朦朧とする意識の中で、わたしは必死に考え事をしていた。

 一人にしないで。置いてかないで。


「おかあさん、おかあ、さん」
「どうしたの?お母さんならここにいるよ」


 空中に彷徨わせたわたしの手を、おかあさんが両手で優しく包んでくれる。
 おかあさんはずっとそばにいる。
 なのに、おとうさんはどこにいるんだろう。私が熱を出しても、電話一つだけで帰ってきてくれない。
 わたしは、おとうさんの顔を見たことがない。小学校で友達に「こんどのお休み、おとうさんと遊園地に行くんだー!」と言われて、何回羨ましく思ったかわからない。何回恨めしく思ったか検討もつかない。
 おとうさん、おとうさん。どこにいるの…?


「おとうさんは?」
「っ!…お父さんはね、まだ仕事で忙しいの」
「わたしは、いつになったら、おとうさんに会える?」
「それ、は」


 言い淀むおかあさんを見て、わたしは「ごめんねおかあさん。変なこと聞いちゃったね」と謝った。


「わたしはだいじょぶ」
?」
「おかあさんがいるから、だいじょぶ。さびしくないよ…」
…。うん、が寂しくないように、お父さんの分も頑張るね」
「ごめんね…。ううん、ありがと、おかあさん…」


 おかあさんがわたしの頭を撫でてくれるのが気持ちよくて、幾分かおちついたわたしは意識を手放した。




「これで我慢してくれ」


 イギリス…。


「よろしくね!」


 スーノ…。


「俺まずいことしたか?」


 二人の重なる影…。
 一人じゃないと思ったけど、やっぱり私は…一人だったのかな?
 ずっとお母さんに甘えてきた。きっと一人では生きていけなかった。
 でも、私は一人では何も出来なかったんじゃない、と信じたい。誰かと、生きていたかったんだ。
 私はお母さんのことが大好きだけど、きっとどこかで「お母さんのようにはなりたくない」と考えていたのかもしれない。不明な理由で、『男のいない』女。
 無理やりにでも、明るく振舞って、友達を作って、誰かと一緒にいたかった。
 一番、一緒にいたかったのは、イギリス…イギリス…。

 わたしを、ひとりにしないで



――――――――――



 はっ…と目が覚めると、いつも見ていた光景とは違うものが見えた。この感じは、二度目だ。
 窓からは朝日が差し込んでいた。
 ベッドに横たわりつつも部屋を見渡すと、ドアが開いて


!」


 と、ハンガリーが入ってきてそのまま私に駆け寄ってきた。


「ハンガリー」
「どうしたの?大丈夫だった?プロイセンに何か変なことされてない?」
「いきなり連れてこられました」
「その行為をプロイセンが勝手にしていたら100叩きの刑だったけど、今回は私が頼んだ事だから見逃してね」
「うん、わかった。そういえばプロイセンは?」
「帰らせたに決まってるじゃない☆」
「そ、そう」


 今の台詞からすると、ここはハンガリーの家らしい。
 さきほどの、感覚を思い出して、泣きそうになる。一度目の感覚のこと。
 気付いたときには、私は掛け布団を濡らしていた。


っ?!な、何泣いてるの?やっぱりプロイセンに何かされたの?」
「ううん、プロイセンは違う。ごめんね泣いちゃって。ちょっと、思い出しちゃって…」


 何を思い出したのか、当然のごとくわからないハンガリーは首をかしげて頭上に疑問符を散らす。
 このまま秘密にしておいても、きっとハンガリーは問い詰めたりしないだろうけど、お世話になった以上話すべきかな、と考えた私は話し始めた。


「初めて、この世界にきた時のこと」
「この、世界…」


 初めて、この世界へ来て、気付いたらイギリスの家で寝ていたこと。
 自分がこの世界の人間じゃないこと。
 今日、生徒会室で見た光景のこと。
 この世界にくる前にも似たような光景を見てて、生徒会室のはそれよりも衝撃が大きかったこと。
 きっとイギリスだったから。隣にいるのが当たり前だった彼だったから。
 ショックで、雨の中、公園にいたらプロイセンに連れてこられたこと。
 たくさん、ハンガリーに話した。
 雨の中の公園で見えた、真っ赤な世界は…。あれは私にもよくわからないし、自分の中でまったく整理出来てないのでハンガリーに話すのはやめておいた。私でもわかってないのに、体験してないハンガリーに話したらもっと混乱するに違いない。ただでさえ、私が異世界から来たということに驚いていたのだから。


「今頃、イギリスは何してるのかな…」
「そうやって考えちゃうほど、はイギリスのことが好きなんだね(プロイセンよりも殺ら…凄惨な目に合わせなくてはいけない奴が出た)」
「えっ!あっ、あぁ…。そ、そうだね。そうかもしれない…」


 改めてそう言われると、自分はそうとう恥ずかしいことを言ってるんじゃないかって気がしてきた。か、顔が熱くなる…。
 でも、彼女はそんなことを考える必要がないのか。羨ましい…。
 よほど羨ましかったのか、気付いたら私は声に出していた。


「いいなぁハンガリーは」
「?」
「だって、オーストリアさんと良い仲じゃん」
「なっ、ななな!いきなり何言ってるのったら!」


 私の発言がいきなりだったのか、ハンガリーは顔を赤くした。さっきの私みたいだ。そうだ、これは仕返しだ!
 でも、まぁ、


「事実じゃん」
「…今は私達のことはいいから、のこれからを考えようね」
「そうですね…」


 一瞬、ハンガリーの背景が真っ黒に見えたのはきっと気のせい…


「とりあえず今日私の家に是非とも泊まっていってね!女の子だけの積もる話もあるし…イギリスのこととか」
「え?」
「ううん、こっちの話よ(どうやってイギリスに人誅を加えるか考えてるなんて言えない)」


 じゃなかった。(ゆっくりしていってね!というおなごが見えたぞ!)
 既に夜は明けていて一泊してしまっているわけだから「も」は正しいのだけど、そこに拒否権は含まれていないような気がした。気、っていうか確実に無い。
 とりあえず…今日は…我慢…。こんなやりとりもイギリスの家であったなぁ。はぁ…。


「問題は学校をどうするか、だよね」
「あ…」


 大問題です。
 







(プロイセンに代わりまして代打ハンガry)