走って走って…もう足が動かないってくらい走って、雨も降っていて、体力は着実に奪われる。
 疲れた私がたどり着いたのは、誰もいない公園だった。


「はぁ…はぁ…」


 息がきれる。濡れた服が体に張り付く。心がもやもやする。疲れて、気持ち悪い。
 しばらく突っ立っていたけど、視界の隅に東屋のようなベンチを捉え、私の足どりはそちらへ向いていた。あまりに疲れ、私の体は休養を欲していた。
 ベンチに座った後も、私の涙腺は疲れを知らないように、涙が止まらなかった。雨が涙を隠してくれるなんてこと言った人がいるけれど、私の目は真っ赤だと思う。雨天の灰色の景色にはそぐわない。ベンチには屋根がついていたから、結局は雨にカモフラージュされることはないのだけど。
 …私がこの世界に来てから初めての雨だ。

 どうして、あのとき私はあそこにいたんだろう。どうして…いまさら、この気持ちに気付いたんだろう。
 知らないほうが幸せだったかもしれない。でも、イギリスといるときは幸せだった。一緒にいるのが当たり前で、気付けなかった。私が知りたくなかったのは…その幸せな日常が消えるということ。

 そして再び、フラッシュバック。
 イギリスの顔は見えなかった。彼が、何を考えているかなんてわからない。考えたくもない。だって、嫌なら拒否すればいいのに、彼は拒否してなかったじゃないか。
 私、なんでここにいるの?どうしてこんなわけわかんないところに連れてこられてまで、こんな辛い思いしなきゃいけないの?
 もういやだよ。帰りたいよ。お母さんがいるところ、友達が待ってるところ。


「いやだいやだいやだ…早く帰りたい。帰らせてよ!もういやだよ!辛いよ!なんで…どうして私が…!」


 私は無意識に叫んでた。小さい子供が、親にわがままをいうように。私は必死に虚空へと懇願した。
 そのとき、


『帰りたいか?この…は、お前の……?ならば、』


 ノイズが混じって声が聞こえた。聞こえたというよりか、頭に直接響いてきた。
 瞬間、私は我が目を疑った。

 目の前が、赤に染まっていた。そして、自分の眼を確認するために、視界へと入った私の両手は、


「な、に…っ」


 透けて、向こう側が顔を覗かせていた。


「はっ…あ、何これ!」


 焼けたような眼前。消え行く体。私は混乱して、この状況が理解できない怖さに震えた。


『これがお前の望みだろう。…が元に戻ること、在るべき場所へ還ること……』
「え…?」


 そう聞こえて、私は意外にも冷静になった。焼ける世界を否定するように、私は瞳を閉じ、考えた。
 本当にこのまま消えてしまっていいのか。私には、この世界でまだやるべきことがあるんじゃないのか。あいつに…イギリスに何か言わなくていいのか。パンチ一発ぶちかますくらいしてもいいんじゃない?
 そうだ…この気持ちを伝えたい。どうせ砕けてるんだから、
 愛してました。あと、ありがとう…。
 さよなら、イギリス…。


「ぃ…っ!おい!」


 肩を揺さぶられ、目を開いた私の前に立っていたのは、イギリスとは違う、赤みがかった紫の眼をした男だった。
 世界には何の変化もなく、私の体は質量と影を取り戻していた。



――――――――――



 ぶつかった女を追いかけて、俺は学園から出た。どこへ向かったなど、見当もつかなったが、俺はとにかくあの女を捜した。
 畜生っ!女は見つからないし…このくそイライラしてるときに雨なんて最悪だな。なんであの女が気になるのかもわかんねぇけど、とにかく気になるもんは気になる。
 ただ、あの女が、一人なのは気にくわねぇ。あ?俺はいいんだ。俺は一人の方が好きだからな!

 数十分歩いて、たどり着いた公園。そこの隅にあるベンチに、俺が捜していた女はいた。
 しかし様子がおかしい。自分の手を見て震えている?
 泣いているのか?とも思ったが雨が降ってる今、それはわからなかった。
 もっと近付いてみたがこいつ、今度は目を閉じた。俺が近付いて、荒い足音も立ててるってのに、なんだこいつは。気付かないのか?「おい」と声をかけても女は微動だにしなかった。
 しかたなく肩をゆさぶると女は目を開いた。


「あ…」
「お前、大丈夫か?」
「誰…?」
「はぁ?お前、さっき学校で俺にぶつかったじゃねぇか」
「それは、ごめん」


 女は顔を下げて、俺に謝ってきた。そして会話終了。
 っておい!そうだな…こいつの名前、俺は未だに知らねぇな。


「お前、なんて名前なんだ?」
「自分は?」
「俺はいいんだよ」
「いや、よくないでしょ」
「…プロイセンだ」

「そうか…」
「うん…」


 …っあー!会話が続かねぇ!
 次は何を話せばいいんだ?こんなムキになっているのもバカバカしいが、なんとかして俺はこいつの…の気をひきたかった。
 そうだな。傷を抉るようなことになるかもしんねぇけど、聞くか。


「一人なのか?」
「恥ずかしながら」


 は即答した。…ちょっと待てェエエ!
 何が恥ずかしいんだよ。そしたら俺は常に恥ずかしいじゃねーか!


「プロイセンは?」
「…恥ずかしながら」


 とりあえず合わせて答える。そしたら、はふっと少しだけ笑った。何がおかしいんだ?


「一緒だね」
「ああ」
「でも違う」
「そうかもな」
「嘘だけど」
「おいいい!」


 再びは笑った。マジでこいつ…頭でも打ったのか?発言もおかしいし。
 そうだ。俺はもう一つ聞きたいことがあった。


「お前、帰らないのか?」


 するとは、驚いた顔をして、それから下を向いた。


「わかんない」
「は?わかんない、って…」
「帰るべきところが」
「イギリスのところは違うのか?」
「帰れないよ」
「…さっきのか?」


 言えば、バッ!と顔をあげて俺を見る。そしては自嘲気味に笑った。


「知ってたんだね」
「悪いな」


 その時に、ぶつかったわけだしな。まぁ、当のはぶつかったことを覚えてないんだから知るわけもねーか。


「別に、悪くはないけど。それなら、帰る場所なんてないの、わかるっしょ」


 まぁ、確かに。…仕方ねーな。放っておくわけにもいかねーし。


「ちょっと待ってろ」
「え?」


 俺は携帯をとりだして、アドレス帳を見る。いた。
 プルルルル…とお決まりのコール音。2回、3回…


『はい、もしもし』
「俺だ。プロイセン」
『…いきなり何の用?』
「悪いが、一人泊めて欲しいやつがいる」
『もしかして、あなた?』
「そ、そんなわけねーだろうが!」
『なら、誰?』
…」
『10秒で連れてきて』
「無茶言うんじゃねぇ!」
『じゃ』
「ちょ、待てっ


 ブツッ…と強引に切れた電話。
 傍で黙っていたを見ると、「なんでアンタがそこまでするんだ」というような顔をしている。
 

「今の、誰?」
「行けばわかる」
「行かなきゃダメ?」
「10秒で連れてこいって言われたからな」
「もう経ってると思うんだけど」
「…行くったら行くんだよ!」


 じゃないとあの女にフライパンで撲殺されんだよ!と、言えるわけもなく…。

 立ち上がろうとしないの手を強引に引っぱり、俺は歩き出す。
 雨は止んでいた。









(イギリスに代わりまして代打プロイセン←)