この世界に来てから一週間。あっと言う間に時間は過ぎていった。
 知らない世界にくるわ、「国」が通う学校に連れてかれるわで、てんやわんやだった。私が住んでいた世界と、似て非なる世界。そのせいか刺激的で楽しいこともいっぱいあった。少しずつ、不安は消えていっている。
 こっちの学校も私達と一緒なのか、週休というものがある。私が来たのは先週のこの日だったから、もう一週間経ったわけだ。どこかの神父が何か不思議な力でも使ったんじゃないかというほどにあっという間だった。
 休みはどうしようかなー。行くところもわからないし、遊ぶ計画も立てなかったし…と暇をもてあまそうとしたところ


「一緒に、出かけないか?」


 と、少し前からどこかおかしいイギリスに声をかけられた。しかし私は暇なので、もちろん快い返事を出す。
 ただ、イギリスが誘ってくる現場は私の部屋だったわけだけど、その時の私の体勢がベッドの上で仰向けになり、手足を上に向けてブラブラさせていたため、雰囲気はぶち壊しだった。ごめん、イギリス。


 どこに出かけるの?と、聞けばただ、黙ってついてこいと言う。
 家を出る前に一言、「別にのためじゃなくて俺が暇だから、ついでにお前を連れ回して遊ぶだけだからな!」と言われたきり、会話は無い。会話がそれだけって、どーなの?って感じだけど、今話しかけてもきっとイギリスは何も返してこないだろうから、私はイギリスの半歩後ろを、イギリスの背中を見ながら黙ってついていく。

 そこまで会話はなかったけど、大通りの途中で私が人にぶつかって、よろけて倒れそうになったとき咄嗟にイギリスが私の肩に手をまわして支えてくれて、倒れないようにしてくれた。ついでに「大丈夫か?」と声をかけてくれたけど、びっくりした私は何も返せなかった。大丈夫なんかじゃ、ない。
 肩にまわされたイギリスの手は、私が体勢を立て直したと同時に離れていった。けど、私の肩にはまだイギリスの体温が残っているのか、そこだけ何故かとても熱かった。
 倒れそうになったときに誰かに支えてもらうなど、初めてのことだ。
 男の人と二人きりで出かけるのなんて初めてだし…それ以前に、二人で住んでるのもおかしいんじゃないの?!
 一人脳内で問答していると、私の脳みそは敏感なのか空気が読めないのか、クラスメイトのあるセリフを記憶の押入れから引っ張り出してきた。


『この前、初めて男の子とデートしだんだー!』


 は?
 デート?date?ダテ?あ、いや、デート?デートぉお!?!?


「ついたぞ」
「ぇええぇぇえええぇえ!!」
「なんだ?宮殿の凄さに驚いたのか?」


 立ち止まって私は叫んだ。正確には既に立ち止まっていて、「宮殿」というものの前で叫んだ。
 たしかに宮殿も凄いけど、私が驚いたのはそこじゃあない。
 周りの人達が私の方へ目を向けた。チラ見の人もいればガン見してくる人もいる。だけど今はそんなことより、私にとって重要なのは…


「ちなみに時計塔で有名なビッグ・ベンはウェストミンスター宮殿に併設されてて、正直、宮殿よりも有名だな。時計塔はここよりもあっちの方が見えや…」
「ねっ、ねぇイギリス!」
「お前なぁ、人が説明してるときは黙って聞けよ」
「あ、ごめん。でも…その」
「なんだ?」


 そこで私は一呼吸おいた。
 意を決して、今の私が考える最大の謎について質問する。


「これって、デートなの?」
「は?」
「私、そういうの疎いから…」
「いいい、いきなり何言い出すんだお前は!デートかって…ちょっ、おまっ!バッカ、ちげーよ!ただの観光だよ勘違いすんなよな!」
「ごめん」


 私の意を決した質問に対してイギリスは全力で否定した。まさに全力少年だ(私が緊張の中、積み上げた『質問』をぶっ壊してくれた)。でも


「勘違いでよかった…」
「え?」
「私、観光好きだから、今日は連れてきてくれてありがとう!世界遺産って最高にハイになるよね!」
「あ、ああ」
「次はどこに行くの?早くしないと時間なくなるよ!」
「そうだな。ここから近いのは…」





 イギリスによるイギリスの観光案内は実にたくさんのところを回った。
 さすが『イギリス』自身だけはある。普通の人が知らないような様々な穴場にも連れてってくれた。ロンドンが舞台の映画などで良く見かける赤い二階建てバス――ダブルデッカーというらしい――にも乗ったし、凄く楽しかった。
 途中で大通りから横道に入り、寂れた雰囲気がただよう路地を歩いた。こういうのも、趣があって私はすごく好きだ。
 歩いている途中で、装飾品店を見つけた。他にも雑貨などがあるようで、私はその店のショーウィンドウを眺める。イギリスに「入るか?」と聞かれたので、頷く。
 イギリスがドアを開けてくれて、私が先に入る。こういうとき、これが英国紳士か!と思うけど、性格に難ありだよなぁーとついでに思う。
 中に入ると、ロンドンだと言うのになんと日本人男性が出迎えてくれた。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 不思議な空間だった。
 そこだけ時代が切り離されたような、和と洋が混じり始めたばかりの明治のような感じ。
 たくさんの雑貨の中で、私は一つの装飾品を見つけた。それは


「あーっ!これ、私がつけてたのと一緒じゃん」


 それは私が父から貰ったペンダントとまったく同じだった。月とユニコーンのトップのネックレス。
 こんな辺鄙なところにある店にまったく同じものが売ってるということに驚いた。
 首元に手をあてて、ネックレスの存在を確認しようとしたら………無い!?


「えっ!嘘!寝るときに確かにつけたハズなのに…あれ?どっかで外したっけ?」
「どうした?」


 あたふたする私にイギリスが心配そうに話しかけてきた。そうだ、イギリスなら何か知ってるかもしれない!
 

「あのさ、私がこっちに来た時に、私ってネックレスつけてなかった?」
「ネックレス?」
「知らない?」
「確か、つけてなかったと思うが…どんなデザインなんだ?」
「これと全く同じ」


 そばに飾られていたネックレスを指差す。


「月と、ユニコーンか!いいなコレ!特にユニコーンが!けど、悪いが俺は見て無いな」
「そっかぁ…」


 父から貰った唯一のプレゼントを無くしたことで私はショックを隠しきれなかった。イギリスはユニコーンが特にいいと言っていたけれど、私はどっちも好きだ。月へと駆けるユニコーンという感じが。
 落胆していると、イギリスがネックレスを手にとった。そして店主だと思われる日本人男性が座っているレジに持っていった。
 って、どうすんのそれ?今さっき私がそれを失くしてショックで死にそうなオーラを漂わせているというのに!
 会計をすませたイギリスが私のもとへくる。そして、右の拳を突き出した。


「ほら」
「へ?」


 イギリスは左手で私の右手をとると、右手に握っていたネックレスを乗せた。


「やるよ。大切なものなんだろう。誰にもらったのかわからないが、同じデザインだし、今はこれで我慢してくれ」
「あ…」


、お前と母さんの傍に行けなくて本当にすまない。それに年に一度の誕生日だというのに…手紙という形になってしまって、すまない。気休め程度だが今はこれで我慢してくれ』


?何か、俺まずいことしたか?」
「ううん、違う」


『誕生日、おめでとう』


 さっきは性格に難ありとか思って、ごめん。まさか買ってくれるとは思わなかった。
 いつも「勘違いすんなよ」とか「別にお前のためじゃない」とか言ってるくせに…。そういうときに限って、いつも他人のためじゃないか。なんだかんだ言って、やっぱりイギリスは良い人だ。私を、助けてくれた。
 私は両手で、そっとネックレスを包む。
 お父さん…イギリス…。


「ありがとう…」


 涙をこらえて、私はお礼を言った。