「ふぅっ…ひっ…くっ…ばかっ!だいっきらい!」 上京して一年。ある日、大好きなおばあちゃんが亡くなった。あたしは急いで実家に帰り、冷たくなったおばあちゃんを見送った。老衰には抗えない…。本当に大好きだったおばあちゃん…。すごく、すごく哀しかった。たくさん泣いた。とても落ち込んだ。自分がどうにかなってしまいそうだった。でも、そんなときに彼氏がメールをくれて…少しだけ自分を保っていられた。 葬式が済み、上京して一人暮らしをしている部屋に帰ってきた。するとどうだろう。そこには彼氏と見知らぬ女がいた。あたしが…あたしが、大好きなおばあちゃんを亡くして悲しんでいるときに、この男は…!いくら合鍵を渡していたからって、勝手に他人の家に上がりこんで何やってるんだと、腸が煮えくり返った。彼氏と知らない女の荷物を引っつかんで外に投げ出し、女も彼氏も…あんなの、もう彼氏じゃない…。 下へ、下へ…。まるで絶望が絶望を呼んでいるようだった。 ずっと、ずっと泣いて、泣き疲れたあたしはそのまま眠っていた。時刻は既に学校には間に合わない時間だったけど、朝一で大学と大学の友達に「今日は休む」と連絡し、顔を洗おうを思って洗面台に向かった。 冷水で顔を洗い、タオルで水をふき取り、鏡を見た瞬間だった。鏡の中にあたしのことを見ている男が映りこんだ。何?!と思って後ろを振り返るものの、そこには誰もいなくて、わけがわからなくて鏡の中の男と背後を何回も確認していると、あちらもあたしに気付いたようだった。 「あれ?俺のこと見えとる?」 「うわぁっ!」 しゃ、しゃべった?!っていうか…な、なに?幽霊?! 私が混乱しているのも構わず、男は話続ける。 「ひゃ〜!嬉しいわー!ようやっと俺のこと見えるひとがおったわ」 やっ…と?…?!こ、この男は私にしか見えないっていうこと?!満面の笑みでそんなこと言われても困るし! なんかとても変な感じがするのだけど、あたしは鏡に向かって叫んだ。 「誰?のぞき?幽霊?あんたは何者なの?!状況によっては警察に通報するよ!」 「のぞきでも幽霊でも無いで。っちゅーか、通報したかて他の人には見えへんよ。あ、俺は透明人間(仮)ってとこや」 「見えない、って…。透明、人間?んなバカな。そんな技術あるわけない…」 「無かったらええんやけどなぁ。現実に俺がそれになっとるわけやし。俺も全力で否定したいわ…」 「な、なんであたしにしか見えないのよ…」 「それは俺も知らんわ。やけど、やっぱ見える人の傍がええなぁ!他のやっちゃ何やらかしても反応してくれへんからつまらへんのや…。久しぶりに人と会話したわ〜」 男は心底嬉そうにしてるけど、あたしにはまったく空気が読めなかった。だって、後ろには人がいないのに、鏡の中に人がいるんだよ?お前はス○ンドか!って思ったけど、あたしがそんなもの扱えるわけないし、それに一応(自称)透明人間らしいし…。幽霊の類では無いらしいけど…。幽霊で無くても怖いこと、怪しいことには変わりない…。とにかく情報を集めるために、あたしは男に質問攻めをしかけた。 「透明人間ってのはわかった。いや、やっぱりよくわかんない。とりあえず、あなたの名前は?」 「アントーニョや」 「アンドーナツ?」 「せや!実は俺の頭にはつぶあんがぎっしり…って、ちゃうわ!アントーニョや!聞き間違いされて涙で顔が濡れて力が出ぇへんわ…」 「それでさぁ…」 「スルースキル高すぎるでちゃん」 「うん。うん?!なんであたしの名前知ってるの?!」 「さっき電話しとったの聞いてたんや」 「あっ、そう…」 この、アントーニョって男のペースに巻き込まれながらも、あたしはいろいろと情報を得た。透明人間になってしまったのは、大嫌いな知り合い(彼はずっと眉毛と言っていた)の呪いの薬のせいらしい。自分の弟分が操られて無理やりアントーニョに飲ませたそうで。アントーニョは解呪の仕方はわからないとか。薬を作った本人は解呪を作る前に服用させたわけ?バカなの?死ぬの? そして透明人間の見える場所というか範囲というか…。壁などは全部通り抜けられるらしい。(それって幽霊じゃないの…?実はもう死んでるんじゃないの?)普段は本当に何も見えないんだけど、鏡にだけは映りこめるらしい。声はどこにいても聞こえるんだけど、姿は鏡だけ。まぁ、どっちにしろ限られた人にしか見えないし聞こえないという…。眉毛さんと弟分などは鏡で見えるし、声も聞こえるらしいけど、それ以外の人には誰にもわからなかったんだとか。暇つぶしで街をふらついていて、たまたまあたしの家に入ってみたら、あたしに姿が見えたというわけ。 「っていうか、自分の知り合いに見える人がいるなら帰りなよ!」 「ケチやなちゃん…。せっかく会えたんやし、もう少し居たってええやんかー!」 「せっかくって何?!あたしは今日は静かに一人で過ごしてたいのよ!」 「う…わかったわ…今日は帰るで」 「はいはい、さようなら!…あたしが鏡持ってる前で扉から出て行け!」 「しゃーないなぁ…ほなな」 「さいならっ!」 バタン、と扉を閉め、一息つく(っていうか、扉開け閉めする必要なかったよね…)。扉とかはすり抜けるらしいけど、何故だか家にいないのはわかった。 彼氏という存在から解放されて、久しぶりの一人。少し寂しい気も…。ううん。まったくそんなことは無かった。この日は一人で気ままに過ごした。心の隅に、アントーニョの存在を留めながら。 次の日。 今日は学校にちゃんと行こうとしっかり起きて、朝ごはんを食べて歯磨きをしようと洗面台に立ったときだった。 「おはようさんやでちゃん!」 「なんでいるの…」 「昨日は『今日「は」帰る』って言うたやーん。…それにしてもちゃん、寝言激しいんやな…」 「う、うるさいっ!」 「おもろかったで!『アンドーナツ食べたい…』言うとって!俺やな!俺に会いたかっ」 「そんなわけないでしょうが!あなたはアントーニョなんでしょ!面倒なことになって困ってるのよこっちは!」 本当に面倒なことになった。 それからアントーニョは毎朝あたしの家に来て、大学までついてきたりもした。晩御飯の時間ぐらいになると「ロヴィーノが待っとるから帰るな」と言ってあたしの前から姿を消した。その時間が嬉しくもあり、寂しくも…って、寂しいわけないでしょ!静かになって超嬉しいっての!独りがいやなわけじゃないっつーの。 アントーニョと一ヶ月一緒にいて…賑やかで、明るくて、楽しくて…とかそんな…。まぁ、正直、そう思っている。けど、もしこれが友情を越えたものだとしても…あたしにはそれを告げることは出来ない。だって、アントーニョは…。 「はぁ…」 「ちゃんどしたん?溜息なんかついて」 部屋の隅に置いてある全身が映る鏡の方から声が聞こえて、首だけ向けてみればアントーニョがこちらを向いていた。もう一つ溜息をついて鏡から目を離す。 「いや、別に…。一ヶ月前のことをちょっと思い出してみただけってことにしておいて」 「そんな落ち込むことないやん!あ、そや。そういえばあのとき、ちゃんの目ぇ、真っ赤やなかった?」 「…?!」 もしかして泣いてるのを見られてた?!いや、でもあたしが初めてアントーニョを見たのは泣いた日の次の日だし…。いやいやいや!その前に鏡なんて見てないからわかんないな…。声は聞こえなかったけど、それは潜めてたって可能性もあるし…。も、もういい!どうせ泣いてたよ!嘘は得意じゃないから言うよ! 「そ、そうだね…。あの日は、っていうかその前日、ちょっといろいろあってさ」 「話しとう無いんやったら、話さんでもええで?」 「大丈夫。なんだか、あなたなら話せる気がするから…」 鏡に近付きアントーニョが目の前にいるような感覚で、アントーニョと出会う前の話をした。話してる途中にあの日の光景が鮮明に思い出されて、悲しみと絶望が再びあたしを埋め尽くして。アントーニョと目を合わせられなくなって顔は下を向くし、涙はボロボロ流れるし、嗚咽も混じって、自分でも何言ってるかわからないくらいだった。それでもアントーニョは何も言わずに聞いてくれて…。全部話し終わって鏡を見てみれば、アントーニョは目を閉じていた。 「あ、アントーニョ?」 「ちゃん…」 静かにあたしの名前を呼ぶアントーニョが、怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れているのか。何を考えているのかわからなくて、少し不安になりながら見ているといきなりアントーニョは破顔した。 「ふそそそそ〜!」 「はぁっ!?何それ…」 「何って、元気の出るおまじないや!」 「元気の出る…?」 ふそそそそ〜、なんて言葉初めて聞いたしそんな変な言葉…とか一瞬思ったけど、アントーニョがそれを言って必死にあたしを慰めてくれようとしてくれてるんだとか考えたら、悲しいことなんか吹っ飛んでしまった。 「ふふふっ…あははっ、あははははは!ばっかみたい!なんかもう、あはは!」 「わぁっ!ちゃんやっと笑ってくれはったね!」 「あははは!あは、あ、あ、アントーニョ…あはは、ありがと!話してよかったよ…」 「また困ったら言うてな。俺が何度でも笑わせたるで!」 あたしを慰めてくれたのが凄く嬉しくて…。やっぱりこの気持ちは…「友達」に対するものじゃないと思うんだけど、それを考えるとむしょうにまた悲しくなってきてあたしは、泣きそうな、でも笑っていたい…みたいな顔をしてポツリともらした。 「もっと…もっと早くあなたに会えてたらよかったのに…」 「ちゃん?」 「そしたらあんな辛い思いをすることもなかった、かも、しれないのに…」 あたしからそんな言葉を聞けると思ってなかったんだろう。アントーニョはとても驚いた顔をしていた。その顔を見て嬉しいような悲しいような気持ちになって、鏡の中のアントーニョに重なるように自分の姿を映し、アントーニョの顔を撫でるように、鏡に手を当てた。そうするとアントーニョもあたしの手を触るかのように、鏡の中で自分の顔に手をあてがった。 「ちゃんと触れられる…アントーニョに、会いたかったよ…」 「そやな。俺かてそう思う。そうやないと、ちゃんの涙を拭うこともでけへんし、抱きしめることもでけへん…」 アントーニョは優しい。だからこういう気の利いたことを言ってくれるんだろう。でも、弱っている今のあたしにはそれは効果絶大だった。アントーニョの言葉を利いた途端、また涙が止まらなくなってあたしは鏡に縋りついた。 どれくらい泣いたのかわからないけど、いつまでも泣いていられないなと思って、鼻声になりながらもあたしはアントーニョの顔を見た。 「アントーニョ。明日、あなたをそんな風にした男のところに連れてって」 「えっ?な、何言うとんの?!ちゃんをあんな眉毛の元に連れてったら何されるかわからへんで!」 「いいから!何が何でも、あたしを男のところに連れていけ!」 「わ、わかった」 その日はアントーニョと別れて、次の日。あたしの家とその男の家は逆方向にあるらしいけど、アントーニョはわざわざあたしを迎えに来てくれた。一緒に家を出たけど、外で会話するとあたしが独り言を言っているようにしか見えないので、どこで曲がるかなどの指示をアントーニョが出す以外は、会話はお互いに自重した。 男の家につく。とても大きい家だ。あたしの実家よりも大きいよ。うざいね。人に迷惑かけたり、人を踏み台にしてのし上がってそうなやつ(アントーニョ談)がこんな家住んでるなんて…。って、家まで来たけど、あたし、知り合いでもなんでも無いから歓迎されないんじゃ…。アントーニョにそのことを話せば、「本田菊の知り合いです。用事を頼まれましたって言えばええよ」と言われた。本田菊って誰だよ!と思ったけど、今はアントーニョを頼るしかない…。インターホンを押すと「はい」と男の返事がして、アントーニョが「こいつや…」と言う。この人が…。 「すみません。あの、本田菊さんから用事を頼まれまして…扉を開けていただけますか?」 「菊に?ちょっと待ってろ」 インターホンが切れて、5秒くらい後にガチャリと開錠する音が聞こえ扉が開いた。相手はあたしの事を知らない。菊に用事を頼まれた、と言っても知らない顔じゃ警戒されるかもしれない。しかし虎穴にいらずんば虎子を得ず。勢いよく門を開け、そのまま家の扉まで走りぬけ、少しだけ開いた扉を引っつかみ思い切り開けた。「うぉっ!」と、びっくりする男の声をスルーして、そのまま突進し、男の右腕と服の腰あたりを掴み、あたしの腰あたりに乗せ、そのまま地面に落とす(相手がちゃんと受身をとれるとかどうでもいい。どうせ死にはしないだろうし)。…いわゆる『大腰』をきめ、そのまま地面に仰向けになっているところに馬乗りになり、胸倉を掴んだ。 「お前かぁあああ!!」 「いってぇ!何しやがるお前!」 「ちゃん?!」 「お前のせいでこっちは迷惑被ってんだよ!早くアントーニョをどうにかする方法を教えな!じゃなきゃ眉毛引っこ抜く!」 「く、苦し…は、なせ…」 「そのまま首絞めて殺したらあかん!俺が元に戻らなくなってまう!」 勢いあまって、胸倉を強く掴みすぎたのか、男の首を4分の3くらい絞めていた。まぁ、アントーニョは元に戻したいし、こんな見ず知らずの男のために警察に刑務所に行きたいわけもないので、大人しく離してやった。少し咳き込んでいたけれど、そんなこと今のあたしには関係ない!(ちゃんがやったんやろ…。)落ち着いた男に話を解呪の方法を聞いてみれば、あたしにしか教えられないらしい。「はぁ?」とか思ったけど、あたしにしか教える気が無いらしい。さっきのあたしの奇襲に対してのせめてもの抵抗なのか。絶対にアントーニョの前で口にしないと言った。仕方なくアントーニョには家の外に出てもらい(眉毛にはアントーニョの姿がクリアファイルのように微かに見えているらしく、はっきりといないことはわかった)、あたしは男に話を聞く。 「どやった?」 「え?あ、うん。わかったよ…」 「マジで?!」 「でも、ここじゃ出来ない…。家、戻ろう…」 「そうなん?わかった。ほな、また家でな」 男から話を聞いて戻ってくると、アントーニョのテンションの高さは異常だった。だけどあたしのテンションというか心境はとても複雑で…。別に悲しいわけじゃないんだけど…。 「嘘でしょ!これはおとぎ話じゃないんだよ!」と思ったというか、何回も言ったけど、何回聞いても男はそれしか答えなかった。それしか言わなくて…。そういえば、何故、解呪の方法はあるのにアントーニョにそれを話さなかったのか?と聞いてみれば「そうしてほしくても、ほとんどの人には自分の姿が見えないんだ。教えるだけ無駄だろ。それに、もし解呪されても嫌がらせした意味が無いしな。…お前みたいな物好きもいるみたいだけど」と言われた。確かに、自分の姿が見えないのに『この解呪方法』は教えても空しいだけだ…。とりあえず「物好き」って言葉にむかついたので「物好きとは失礼だね!お前の眉毛よりマシだよ!」と、一言残して出てきた。 家について、あたしはすぐに鏡の前に立った。鏡の中にはあたしとアントーニョが映る。 「アントーニョ、そこにいるんだよね?」 「ん?ちゃんにも見えとるやろ?」 「うん。そしたら鏡じゃなくて、あたしの方を見て。で、鏡に背中をピッタリくっつけ…られる?」 「こうか?」 鏡にはアントーニョの背中が映る。アントーニョの身長、初めて知ったよ。そっか…。あれくらいなら、うん、大丈夫。あたしは…正直初めてだけど、きっと大丈夫…。アントーニョは今はあたしの方を向いていて、顔は見えない。多分、不思議そうな顔をしているであろうアントーニョを(虚空しか見えないけど)真っ直ぐに見つめ、あたしは意を決して瞳を閉じ、背伸びをした。 すり抜ける…っ!そう思ったとき、両肩を掴む腕の感触と、唇が重なる感覚があたしをその場に留めた。 唇を離し、アントーニョ見ると、そこには鏡ごしではなく実体のアントーニョがいて、彼の顔はかなりの驚きを表していた。そりゃあ驚くよね。だって…キスで元に戻るなんてそりゃあどこのおとぎ話だよって感じだし…。 「ちゃん、い、今の…!」 「し、真実の愛のキスで戻るんだってさ…!バカみたいじゃない?!何それって感じだよね!」 うわー。今のあたしの顔、ありえないくらい赤いだろう。もうアントーニョの顔なんか見てらんないよ…。とか思って顔を下に向けようとしたら、両手で顔を捕まれ強引に上に向かせられ、さきほどのキスより何倍も濃い洗礼を受けた。意識が朦朧とするあたしをアントーニョは抱きしめて、とても嬉々とした声で話し始める。 「よかったわぁ!ちゃん、あの時迷惑や言うてたから俺のことなんかどうでもええのかと…。やけどちゃんからこんなことしてくれはるなんて…。なんやの真実の愛のキスって!いま…初めてあの眉毛に感謝したわ!」 「も、もうこんなことしないから!」 「ほんならまた眉毛のとこ行くわ」 「バカ!」 Flower in the mirror:Moon in the water. (But we go beyond it!) ―――――――――― 最後の…スペイン語なんて無理ですわかりませんorz。英語で我慢してくださいませ。 スペイン語の翻訳機でやっても合ってるかわかりませんし…。 意味はそのまんまです。毎度の如く長文駄文すみませんorz 前振りいらねぇ^^だが削除しないッ。 誰か即効魔法「上手いこと添削」か「省略」か「自重」を授けてください。 |