病室に響く笑い声。ここが個室でなければ注意されただろうか。いや、その笑い声は癇に障るものというより自らも会話に混ざりたくなるような響きがあった。本当にここに病人がいるのだろうか。そんな笑い声。 自分の妹と、その恋人が目の前の部屋の中にいるのだろう。自分が少し病室から出ていた間に客人である恋人は妹と話の華を咲かせていた。 「ロヴィーノったら本当に可愛いね!私の病気が治ったら絶対に会わせてよ」 「わかっとるで。あいつ、に会ったらきっと無理させるさかい。もう少し体力に余裕が出来るまで…それまで堪忍な」 二人の会話を聞いてると、時間がゆったり流れるようでいて、しかし楽しい時間はあっという間にすぎているに感じる。 引き戸をゆっくりと開け二人の姿を目に入れる。 「お楽しみのところ悪いのですが、あと少しで面会時間終了ですよ」 「あ、兄さん!」 「菊やないか!どこ行ってったんや?自分にもロヴィーノのこと話してやろうと思うとったんやで!」 「それは後日、もしくはから聞きますから。それより…こちらは診察ばかりだし、アントーニョさんも仕事で会う時間が少ないというのに毎日毎日来てもらってすみません」 『日本人』の特性というか特徴というか、アントーニョさんに「すみません」とお詫びをするとから「違うって兄さん…」といわれた。何が違うのだろうか。突然のことで私は疑問符を浮かべるような顔をしてしまった。 「そこは『すみません』じゃなくて『ありがとう』でしょ」 「お、ええこと言うや〜ん。そやな。俺も『ありがとう』の方が来てる甲斐あるってもんやで!」 「…そうですね。『ありがとう』の方がいいですね。ありがとうございますアントーニョさん」 「こちらこそや!」 の注意を受けて「ありがとう」と言うとアントーニョさんは人の好い笑顔で返してくれた。陽気なラテン系民族だとかが関係しているのか、笑顔もまるで太陽のような人である。 そういえば以前、は「『ありがとう』って言われると凄い嬉しいの。達成感?んー、違うか…。あっ、『人の役に立ってます』って実感できて、私も誰かの傍で生きてるんだーって思えるの!あとね、笑顔の人を見ると私も嬉しくなる!しかもそれが私のおかげで笑顔になったらすっごい嬉しい!」と言っていた。 そうだ。妹がアントーニョさんに惚れたのはこの笑顔だろう。もちろん人の好さなど性格的なものもあると思いますが。人は幸せだったり嬉しかったりすると笑顔になるものだがアントーニョさんの笑顔は、きっと妹からしたら特別なものなのだろう。 なんて考えをめぐらせていたところで 「もうすぐ面会時間終了やし、俺はそろそろ帰るわ。また明日な!菊ものこと頼むで!」 「はい。予定が合えばまた会いましょう。」 「可愛いからってロヴィーノのことあんまりいじめちゃダメだよ!」 「アホか!いじめられとんのは俺や!」 「あはは!じゃあまたね!」 最後まで笑いの耐えない会話をしたあと、アントーニョさんは病室から出て行った。 その後にが 「はぁ。あっという間だったなぁ。面会時間とかなんで決まってるんだろう。兄さんもそう思わない?」 なんて愚痴をこぼすものだから 「ええ、私もそう思います。アントーニョさんといるときのあなたはとても楽しそうですからね。ですが、少し嫉妬します」 嫉妬だなんて、自分の妹が幸せなのだからするわけないが、すこし茶々を入れて返した。「嫉妬って何?!」と驚くに笑ってしまう。 嫉妬なんてするわけない。二人には幸せになってほしい。そう、心の底から思うのだから。 しかし神様というのはどれだけ残酷なのだろうか。 ―――――――――― が死んだ。 そんなあんまりにも急すぎるやろ。さっきまで笑っとったやないか。ロヴィーノに会う約束したやんか。遊園地に行くとか、俺ん家とん家に行く約束とか他にもぎょーさんしたやないか。いろんなとこ行って、いろんなことする言うたやないか! 病室につくと、眠っているの横。窓側に座っている菊がおった。菊は俺を一瞥すると 「遅かったですね」 というキッツイ一言。遅いって…。そんなん俺かて精一杯急いだつもりや。 ちゃうな。日本はぶつけどころのない悲しみと怒りでいっぱいなんやろうな。当たり前や。目の前で死ぬ妹に何も出来ひんかったんやし。 目の前で眠るは幸せそうな顔をしとった。 今際まで微笑みよって、人のことバカにしとんのかこいつは…。 んなわけ、あるかいな。 こんなときまでノリツッコミしとる場合やないなんてわかっとるけど、それくらいのことしてまうくらい認められへんかった。寝とるだけやろって…。 「ベッドの脇にある棚の、一番上の引き出しを開けてください」 が死んだことを今だに認められない頭に、菊のそんな声が響いた。そのあとに菊は出て行き、俺は病室で動かんと二人きりになった。しばらく思考回路が働かんかったけど、菊の言ったとおりに引き出しを開けた。 中にはから俺への手紙が入っとった。俺はすぐさま封筒から便箋を取り出し、読んだ。 『あなたがこの手紙を読んでるとき、私は横で眠っていると思います。私、寝るときいつもニヤけてるだとか笑ってるよだとか、幸せそうだねって、兄さんや友達に言われるから、きっと今も笑っていると思います。アントーニョ、どっちかっていうとボケキャラだけど、最後まで笑ってる私を見たら絶対につっこむと思う。だからってバカにしてんのか!とかおもわないでね。笑ってお別れって、そうそうできないよ? 私とあなたが初めて話したのは、半年くらい前で、病院内で兄さんとアントーニョの共通の友達のお見舞いに来てたときに、ついでで私の病室に来たときだったよね。でもね、私はずっと前から知っていたんだ。笑顔が素敵で、明るくて、ちょっとのんびりしすぎかな、なんて思うときもあるけど、アントーニョと一緒にいる人はみんな笑っているもんだから、きっとあの人と一緒にいる人は幸せなんだろうな。ましてや恋人とかはとても幸せなんだろうなって思った。だから兄さんがアントーニョを連れてきてくれたときは神様ありがとう!って思った。 病気になったときは、神様はなんて酷いんだろう、いなくなっちゃえとか思ってた。そもそも元から信じてなかった。運も悪かったし。けどアントーニョに会えたこと、アントーニョの恋人になれたことは、私の大嫌いな神様が唯一あたえてくれたプレゼントだと思ってます。というか、アントーニョが私にとっての神様?それはないか…あはは。もしそうなら、神様のこと大好きだけどね!でもアントーニョを連れてきてくれたのは兄さんだから、兄さんが神様かな?それでも大好きだけど…あ、いま少し嫉妬したでしょ? 死ぬなんて、とても怖いよ。治らないって先生に言われた日は、むしろ自分から死んでしまおうと思ってた。死にたくない嫌だ怖いって思う反面、痛い苦しいもう死んでしまいたい。「もうすぐ」も「いますぐ」も変わらないなら「すぐ」に死にたいって思う私もいた。でもアントーニョに会えたことで「死ぬこと」ではなくて「生きること」を考えるようになりました。 少ししか一緒にいられなかったし、恋人らしいこともほとんど何も出来なかったけど、凄く幸せだった。頭をなでてくれたり、手を握ってくれたり、それだけで本当に幸せだった。大切な人が傍にいるってこんなにもすばらしいことだったんだなって、アントーニョが教えてくれた。 ごめんね。私ちょっと疲れちゃった。だから少し休みます。長くなってごめん。あ、私ったら手紙の最後に謝ってばっかりじゃないか。だめだね、ここはありがとうって言わなきゃ。うん、ありがとうアントーニョ! 今度会うときは、可愛いもの好きな誰かの子供とかいいかもね!それも神様にお願いしよう。私の大好きな神様に。 より』 また会える。まだ会える。…やないのか。そう勘違いしてしまうような手紙。らしいっちゃ、らしいんやけど。 でも途中にあるインクの滲んだところや、「死ぬ」なんて単語が現実を教える。目の前にいる奴はもう二度と俺に話しかけても、笑いかけてもくれないんやって。 こないな手紙よこすくらいなら最後くらい、生で話させろっちゅーねん。俺は、まだまだ話足りんわ。 「ムカつくわぁ。勝手に逝きよって…」 俺が神様やったら、をこんなとこで死なすわけないやろ。 でも、俺が神様なら、何がなんでももう一度会えるように手配するわ。 のお願いやからな。せやから、 「可愛く生まれてこんかったら許さへんで…」 そう言って下手くそに笑った俺は、便箋にもうひとつ滲みを作った。 ありがとう、私の神様 (再会を信じよう) |