はぁ…はぁ…はぁ…っ、はぁ…。 俺は息を切らしながら上へ上へと階段を登っていた。知らないやつだけど、今にも飛び降り自殺をしそうな少女がビルの屋上に立っていたから。 『何やってんだ!』 『誰…?』 『早くこっちに来い!そんなとこにいたらお前…』 『いや…死なせて…もういやだよ…』 『バカッ!死んだら二度と生き返らねぇんだぞ!』 問答無用で腕を引っ張り、縁から彼女を下ろしたが、こいつは「はなして!」と言い暴れて落ち着かない。仕方なく、無理やり落ち着かせようと思って、一発ひっぱたいた。 『痛い…』 『あぁ、痛いだろうな。ひっぱたいたんだから』 『どうして…?どうして、わたしを助けたの?』 『あのなぁ、知らない奴でも目の前で死なれたら寝覚めが悪いに決まってんだろ。こっちも聞くけどよ、なんで…こんなことしたんだ?』 『お父さんとお母さんを殺されて…家を燃やされて…もう、帰る場所なくなっちゃった』 『………』 『何もなくなっちゃった…。もう嫌だよ!こんな世界もう嫌だよぉっ!』 彼女は理由を話しながら、泣き始めた。一日にして家族と家を失ったんだろう。絶望というものを味わったんだろう。普通ならこういう哀れなやつには同情するんだろうが、俺は別に何も思わなかった。むしろ「そんな絶望」を味わえることが羨ましくすら思えた。なぜなら俺は、物心着く前に血の繋がった両親は居なかったから。 『うぁあ…!泣くな!泣くんじゃねぇ!泣いたってどうにもなんねぇだろ!』 『うぅっ、だ、だって…』 『帰る場所が無いなら、俺ん家に来い』 『きみの、家?』 『俺、孤児院に住んでるんだ。お前みたいな奴、たくさんいるし。女なら、なおさら大歓迎だ』 そう言って、手を差し伸べると、彼女は恐る恐る俺の手をとってくれた…。 『よろしくな!俺の名前はギルベルトだ。ギルでいいぜ』 『ギ、ル…。あ、わたしの名前は…』 「…。ふぁ〜あ…ねむっ…」 「おはようございます。ギルベルト様」 今あいさつをしてきたこいつは、とあるマフィアの幹部である俺の補佐に新しくついた女。今までは「」と呼ぶたびに困ったような顔をして「私はではなく『アハト』です」と言ってたんだが、最近ではそう言わなくなってきた。諦めたんだろう…。ははははは!俺に勝てる奴なんざ居ねぇんだよ! それにしても、初めてこいつを見た時はめちゃくちゃ驚いたぜ。なんせ… 『ギル…行っちゃうんだね…』 『しょうがねぇだろ。俺を引き取りたいなんて稀有な奴がいるんだからよ…』 『ふふっ、そうだね。でも、引き取ってくれる人がいてよかった!わたしも早く会えるといいなぁ…。あ、わたし達がいなくても寂しがらないでね?』 『ばっ!寂しいわけねぇだろ!これからはちび達やの世話とかしなくて済むし…むしろ一人になってせいせいしてるぜ!』 『そっか…。わたしは、寂しいけどな…』 『ま、まぁ、たまには会いにきてやらなくも、ない…』 『うん!待ってる!』 5年前に離れ離れになったとまったく同じ容姿をしてたんだ。俺が引き取られてから一ヵ月後、久しぶりに達に会いに行こうと孤児院には行った。しかし、そこにあったのは廃墟。近所の人に聞いてみれば半月ほど前に火事で全焼したらしい。何人か助けられた子供もいたらしいが、ほとんどの子供は焼死体になって発見されたという。も死んだと思った。このとき、俺は初めて絶望を味わった。 そして月日が流れ、今から一ヶ月前、こいつが現れたんだ。この世には自分のそっくりさんが3人ほどいるという。それにしてはあまりにも似すぎていた。生きてるとは思ってなかったから、俺は嬉しかった。見た瞬間「!」と呼んでみたが反応が無く、事情を聞いてみれば「記憶が無い」とのこと。さすがにこれは驚いた。無理やり「思い出せ!」と言うわけにもいかず(記憶をとりもどすのは、少しずつじゃないとダメらしいからな)…。とりあえず「8(アハト)」という番号呼びが気にくわなかったので「」と呼ぶ事にした。 本当はじゃないのかもしれない。俺はきっと、「8」の中にの偶像を見ているんだろう。 寝起きに、にコーヒーを入れてもらってると、ノックもせずに部下が入ってきた。ノックしろよ!と注意しようと思ったが、部下のあまりの慌てっぷりに俺はとりあえず事情を聞いた。 「んなに慌てて…どうしたんだ?」 「け、警察がっ、そこにっ…」 「警察だと?!」 「ギルベルトさん!早く逃げてくだ」 パァンという音とほぼ同時に、部下の額に穴が開いた。 音は横から。そちらへ首を向ければが拳銃を持っていた。 「お、お前…」 「まさかこんなに早く襲撃してくるとは…連絡(ノック)はして欲しいものです。そうは思いませんか?ギルベルト・バイルシュミット」 「…?う、嘘だろ?」 「私はではない、と、最初に言ったはずなのですが…。私は、連邦警察特務室の…訓練を受けた、8番目(アハト)です。ここには捜査のために潜入させていただきました。なにとぞ、ご理解を」 そして銃声がもう一つ。それは俺の肩を掠めた。 なんの迷いもなく俺を撃ったを見れば、俺を殺すことに何も感じていないようだった。俺よりも偉い奴に、俺を殺せと命じられていたんだろう。信じてたやつに裏切られて…。いや、『』は最初から俺のことなんてなんとも思ってなかったんだろう。悔しさとか、悲しさ、怒り、色んな感情が無い混ぜになって俺は膝をつきそうになった。が、こんなとこで死ぬわけにはいかなかった。 「そうか…そうかよ!」 瞬間、俺は前方に飛び出した。の銃を落とすように手を狙って勢いのままに蹴りを一つ。とっさのことに反応しきれなかったは俺の蹴りを避けられず銃を落とした。肉弾戦に持ち込めば、男である俺に分があると思えた。しかしは素早さを活かし俺の攻撃を避けた。が、俺は俺で徐々にを壁際に追い詰めていく。バン!と、が動けないように両手を壁につけば、俺達はお互いに動くのをやめた。 「はぁ…はぁ…追い詰めたぜ、」 「っ!……?私を、殺さないのですか?」 「殺すわけねぇだろ。俺は今までに誰一人と殺して無ぇんだよ。…誰かさんのせいで、目の前で一人逝っちまった奴がいるしな。明日の寝覚めは悪そうだぜ。あいつを守れなかったってな…」 「なら、私を殺せば、あの方は報われるのではないですか?」 状況は俺だってわかってるさ…。だが、自分を殺せというに俺は腹がたった。なんだって「」って名前の奴は死にたがるんだ。 「このバカが!死んだら二度と生き返らねぇんだって言ったじゃねぇか!記憶の無いお前にはわからねぇし、お前はじゃないかもしんねぇけど」 「二度、と…生き、返らない…?」 「…?」 「あぁっ!……うっ!…わ、私は…わたしは…」 「おいっ!しっかりしろ!」 俺がに喝を入れてやろうと大声を出した途端、が頭を抱え始めた。記憶を取り戻しかけてるのか?よくわからないが、そうであってほしい。俺には記憶を失ったことがないから、記憶を取り戻す苦労や痛み、辛さがわからない。でも、何か力になれないか…。そう思ったときだった。 ―――――――――― 『ここがお前の新しい家だ』 そう言って、彼を始めとする、その建物にいるみんながわたしを迎えてくれた。 『で、俺達が新しい家族だ!』 わたしの、家族…。 『離れても、心はずっと一緒だろ?』 そうだよね。心はずっと一緒だよね…。寂しくないって言ったキミが、自分とわたしを励ますために言った言葉。最初からそう言ってくれればいいのに。本当、素直じゃないよね…。 『お前の名前ってさ、いい響きだよな』 ありがとう。キミがそう言ってくれるなら、この名前でよかったと思う。 『なんて言うわけねぇだろ!はははははは!うわっ!いってぇ!殴るなよ!わ、悪ぃ…悪かったな…』 あはは…。この時初めて、わたしはキミに怒ったかな…。 『8?お前、数字で呼ばれてんのか?やめとけそんなもん。俺が、名前をやる。あー、俺の…大切な奴の、名前なんだけどよ…。似てるからな…まぁ、いいだろ。今日からお前は…』 わたしは… ―――――――――― 「アハトっ!?援護するわ!」 一人の女警官が入ってきた。そいつはこの状況を見てが俺にやられたと思っているんだろう。それはあながち間違いじゃないが、が苦しんでるのは俺のせいじゃねぇ(と思いたい)。 「だ、だめ…エリザベータだめ!」 パァンと乾いた音がして、俺はに押し倒されていた。 「っ?!」「アハトっ?!」 俺にぐったりと乗りかかるを起こし、の腹を見れば真っ赤になっていた。それはどんどん広がっていく。それを見てが俺を庇ったんだと理解しの服が真っ赤に染まっていくのと反比例して、俺の頭は真っ白になった。 「嘘だろ…。おい!!何やってんだよ!俺なんか庇ってじゃねぇよ!」 「ギ、ギル…。よかった…無事で…」 「何言ってんだ!喋るんじゃねぇ!おい、そこの女!さっさと救急車でもなんでも呼びやがれ!」 エリザベータとか言う女は、自分の仲間を撃ってしまったことに放心していたようだった。自分が何をしたのかわからない。そんな風だった。俺がもう一回大声で言うと、女は了承の返事を残して来た道を戻っていった。 女がいなくなったのを見計らって、が話しだした。 「ギル…エリザベータを、責めないで、ね…。あと、彼女にも『自分を責めるな』って、言ってあげて。良い子だから、きっと、ずっと背負ってしまう…」 「バカやろう…じゃあ、なんで俺なんか庇ったんだよ!」 そうだ。俺を庇うことなんてしなけりゃ、あの女も、俺も、自責することなんて無いだろう。俺が死ねば万事解決。俺は死にたいわけじゃねぇが、それがこいつらにとって一番良い結果だったと思う。死なせるとは行かなくても、自分達の被害は最小限に、そして俺を捕まえる…。それでよかったはずだ…。 自分でも珍しいと思えるほど、俺が自分を責めていると、は…意外すぎる言葉を口にした。 「だっ、て…好きだから…。ずっと、大好きだったから…」 「お、お前っ!俺だって!ずっと、ずっと好きに決まってんだろ!だから、俺を一人にしないでくれよ…寂しいに決まってんだろっ!」 「ごめん、ね…。泣かないで、ギル…。きれいな瞳が…台無しだよ?」 「バカ…泣いてんのはもだろっ!」 「そう、だね…。あはっ、もう…涙で、何も…見えないや…」 「っ!俺が、涙拭いてやるから、もっと目ぇ開いてよく見とけ!」 「よかっ、た…最後に、キミを思い出せて…」 「最後ぉ?バカ言ってんじゃねぇよ。誰が死なすかっつーの!」 「離れても、心は…ずっと一緒だよね?」 「あ?あぁ!当たり前だろ!」 「よか、った。それなら、安心して、寝れる…」 「?!おい…ばか…何寝てんだよ…起きろよ!」 「ギル、おやすみなさい…」 なんで…。はやっと思い出せたのに。なんでこんな…。記憶を取り戻したってのに、これじゃあ意味ねぇじゃねぇかよ!もう二度と話せない。もう二度と会えない。もう二度と笑わない。 こんな、こんなのってねぇだろう…。 「くっ、あ、あぁっ…ぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!」 どんなに耳を寄せても彼女の鼓動が聞こえない、 どんなに抱きしめても彼女に熱が戻らない (それでも俺の心には、お前の笑顔が焼きついている) ―――――――――――――――――――― 七星ういさん主催の企画Bruno(トップにリンクあります)への提出物。 言い訳はそっちに書いてあります← (自サイト・企画用でここを書き換えさせていただきました…) タイトル→不在証明様 |