俺がシュレジェンを占領してから少し経ったころ、俺たちみたいな『国』や『地域』として生きる女を見つけた。 どこぞの坊ちゃんから聞いていた「」という名前を頼りに探していると、ある領民の「彼女ならこの時間はいつもあそこにいますよ」という話を聞いた。この時間、という今は太陽が沈みかかっていた。朝から何時間かけて探してるんだ俺は…。 そうして見つけた女は、この地域が俺達に占領されて領民たちが右往左往して忙しいっていうのに、腕を顔に乗せて草原で寝転んでいた。何やってんだコイツは…。 「おい」 声をかけてみたが起きる気配はまったくない。 顔の上にある腕を退けると女は眩しそうに顔をしかめた。 「ん…まぶしっ」 「起きろ」 「もーローデリヒさーん、もう少し寝かせてくださいよー」 「俺はギルベルトだ…」 寝言で発したのがあの坊ちゃんの名前だったために今度は俺が顔をしかめた。なんだってんだ。戦には勝ったのにこの敗北感は…。今度あいつに会ったら脱いで土下座させてやる! 「へ?ギルベルト?」 聞きなれぬ名を耳にしたせいか女は飛び起きた。 そして俺の方を向いて、 「あれ…キミ、誰?」 「だからギルベルトだって言ってんだろーが!」 「ギルベルトってキミの名前かー。マリア様が部下の飼っている犬にそんな名前つけてたからワンコがきたのかと…」 いっ、犬だと?! つーか、部下の飼っている犬に勝手に名前をつけるあの女帝はいったい…。 「そうそう。私の名前はだよ。よろしく!ついでに起こしてくれてありがとう」 「あ、あぁ」 いきなり手を出されて俺は拍子抜けした。(礼はついでか) コイツが…が指導してきたシュレジェンは今、俺達の手にあるっていうのに、こうやって、まるで隣人とあいさつでも交わすかのように軽いノリで俺に手を出してきたからだ。 差し出された手を握り返さないのも失礼だと思ったので、俺は一応握り返した。 「あっ!そうだ!見てよギル!この時間にここに来たキミは幸せものだよ!」 出会って間も無いのに愛称で呼ぶなんて馴れ馴れしいな!と思ったがが指す方向を見ると確かに俺は幸せかもしれない…と思った。 「すげぇ…」 「毎日、おひさまが沈む時間帯になると、ここに来るんだよ」 みんなには悪いけどねー。なんて付け足す(そして申し訳なさが感じられない)ようには言ったが…こいつは、本当にすげぇ。 この草原の周りには何も無く、太陽を遮るものは何もない。 向かいの山間に沈む太陽が、山をオランジェに染め上げまるで燃えているようだった。背後に迫るドゥンケルブラウがまた、それを際立たせていた。 「アーベントロート…」 「絶景でしょー?」 絶景か…。戦争ばかりしてる俺はそんなもの悠長に見ている時間などなかった。だけど、俺がこうして見てる太陽は俺みたいな『国』が生まれる前から遙か悠久の時間を生きてきた。ずっと俺達を見続けていた。そう考えると、俺達は、なんて小さいんだろう。そう思えた。 何分か、何秒か。時間の感覚など消えたころには口を開いた。 「ギル、別に私達に遠慮なんかしなくていいからね」 「遠慮?」 「うん。だって、占領して、シュレジェンの人たちに恨まれてるんじゃないか…とか思ってるでしょ」 「なっ…!?」 なんてやつだ。図星ついてきやがる。 驚く俺を尻目には続けた。 「ここ、プロテスタントの人も多いから別にこのままでも良くね?って思ってる人いるから大丈夫だよ」 「そっ、そうなのか?!」 「そうだよ。意外だった?」 「意外なんてもんじゃねぇ!なんでそれをもっと早く言わねぇんだ!」 興奮した俺はの肩をガシッと掴んでいた。 意外なんて範疇は越えている。 それをもっと早く知っていれば戦争なんてせずに、誰も傷つかずに事を進められたのかもしれねぇのに…。それにこれをフリッツ親父に言えばきっと喜ぶに違いねぇ! しかしの表情は曇っていた。 「言えるわけないよ。だって、私にとってローデリヒさんやエリザベータは大切な人たちだし、彼等といる日々も大切なものだったから」 「それも、そうだな。わりぃ…」 ところが表情が曇っていたのは一瞬で、すぐに笑ったは 「だけど、今はプロイセン領なわけだし!これからよろしくね!」 「お、おう。…って、ちょっと待ちやがれっ!」 そう言って俺の愛用の帽子を奪って自分に被せると草原を翔けていった。 追いかけて、やっとのことでを捕まえた拍子に勢いあまってと一緒に倒れたら、どこから出したのかお玉で頭を殴られた。わざとじゃねーよ! 私の大好きな夕焼け (帽子取ったくらいで何をするだ――ッ!) (あいつはフライパンでお前はお玉か!) ※捕捉 アーベントロート=夕の赤=夕焼け オランジェ=オレンジ ドゥンケルブラウ=暗い青=紺色 |