むかしむかし。あるところに一人の少女がおりました。 彼女はとても美しい少女で、雪のように白い肌、絹糸のような黒髪、透き通ったガラス玉のような瞳を持っていました。 その美しさからか、桜色の小鳥達がいつも少女の傍におりました。 少女は女性ながらも、お城の王様の騎士でした。 お城の中には女性であるにもかかわらず騎士である少女を認めないものは多かったのですが、その腕は確かでした。 城内の冷たい目にもめげず、彼女は真っ直ぐに生きました。城下の民衆にも優しく接しました。 それを見ていたのか、王様だけはその実力を認めてくれていました。 自分を認めてくれる王様に、少女はいつしか恋心を抱いていました。 叶わぬ恋と知りながら…。 ある日、いつものようにお城の庭園で散歩をしていた少女は、老婆に話しかけられます。 「お前さん、王のために、もっと強くなれる場所へ行ってみたくないか?」 王のため…。 その言葉にひかれた少女は老婆の後をついていきます…。 祖母から聞かされたどこにでもありそうな童話。 昔の俺は騎士の少女の容姿に、妖精のような美しい容姿に憧れを抱いていた。 いま思うと、そんな人間はいないと思う。(もし居るなら、一瞬で惚れてしまうだろう) その上、結末が気になって仕方がない内容だった気がする。 そんな童話だった。 ―――――――――― 「ふぁ〜あ、ねむっ…。書いても書いても終わらねぇ…」 一週間後の論文発表会のために俺は論文を書いていた。 論文の内容は発表までの秘密ってことで。とりあえず「アーサー王」関係だ。 調べた理由は簡単だ。俺と名前が同じだから。ただそれだけ。 祖母がこの名前をつけたわけだが…英雄と同じ名前とか、なんて名前つけるんだ…と思ったのは何回あるだろうか。 そんなことは20年近く生きてきた俺にとっちゃもうどうでもいいが、論文発表会。 普段は特に気にならない「アーサー」だったが、この機会に調べてやろうと思った。 のが、失敗だった…。 いくら国民的英雄っていったってな…謎が多すぎる。だいたいが架空の話ってお前、それじゃあ論文書けないだろ! などと文句を言っても始まらず、しょうがないので俺は一週間後の備えてパソコンと向き合っているのであった。 「だめだ…。部屋の空気が悪すぎる…。換気だ換気!」 勢いよく立ち上がって窓を開けようとしたその時、窓近くの木に桜色の小鳥が止まっているのが見えた。 俺は生まれて初めて桜色の小鳥を見た。 そーっと窓を開けて、小鳥に手を伸ばす…。 チュン 「あっ…!」 珍しそうな鳥だったので捕まえてやろうと思ったのに、あと少しのところで逃げてしまった。 論文の疲れも溜まってるのに、寸でのところで逃げられて。 換気をしてるのに、俺の空気は最悪だった。 あれから数時間。 なんとか論文と格闘していたが…もともとイライラしてたせいか、昼飯の時間になって集中がとぎれてしまった。 部屋の換気じゃなくて俺の換気だ! ということで、俺は出かけることにした。 昼過ぎ。俺は特に目的もなく商店街を歩いていた。 おもしろそうだな、とか、これ欲しいな、なんて思って店に入ったりショーウィンドウを眺めたりしていたが、ある店のショーウィンドウの前でふいに立ち止まり、ふと上を見てみた。 そこで俺は仰天した。 「ん?あれは今朝の…」 俺の部屋の窓付近にいた鳥が 「って、何やってんだ!?」 窓に体当たりをしようとしていたから。 「いくら鳥頭って言った、って……え?」 必死に止めようとしたが、その鳥は窓にぶつかって、 「な、何が、起こってるんだ?」 窓に溶けた。 驚きのあまり、俺が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。 だって信じられるか?鳥が窓に吸い込まれるように溶けたんだぞ? いくらこの国には妖精がいるっていってもな(ちなみに俺は見える)、窓に鳥が溶けるなんて聞いたことないぞ! 『溶けた』ことに驚いてるのもつかの間。次の衝撃がやってきた。 「『を、助けて』…?」 小鳥の体の色だった桜色は、インクになって窓に文字を映した。 俺は夢でも見てるのか?ばかばかしい。疲れすぎて、幻覚でも見てるんだな。帰るか…。 と思ったところに、何羽も桜色の鳥が飛んできた。 彼等は次々に窓にぶつかると、窓に溶けて文字を映し出した。 『南西の……中』 『倒……いる』 『早く……ないと』 『…界の理から…えてしまう』 『…5時までに』 まるで鳥達が見えていないかのように、街を歩く人達。 俺にしか見えていないのか? 『お願い』 「なんだよ…これ…。しかもところどころ掠れて読めな…」 そういえば、鳥達の体は傷ついていた…? 「っ!」 胸騒ぎがした。 誰が呼んでいるのかもわからない。 どこから助けを求めているのかも考えられない。 ?そんな名前は聞いたことがない。 男か女かもわからない。 だけど…。 「誰だか知らねぇが、こんなことされたら気になって仕方ないだろ…。俺にはまだ論文推敲って仕事があるのに」 助けを求めてるから助けるわけじゃない。 わからないままが、今、俺にとってものすごく嫌だから、行くだけだ! 「南西…公園の、森の中か?5時ってのはなんだ?夕方5時か?いや、15時かも知れねぇな」 腕時計を見れば、時刻は14時半を回ったところ。 「しょうがねぇな。待ってろ!」 そう口にすると、窓の文字は静かに消えた。 商店街を出て、急いで南西にある広い公園に向かう。 この公園は自然公園で、確かに森と呼べるほどの木々があった。 しかし広い。ものずごく広い。 あと10分しかないというこの状況の中で、どこに行けってんだ? 迷っていると、桜色の小鳥が飛んできた。 「早く来いってか?…ちゃんと案内してくれよ!」 小鳥の後を追って少し。 この森で一番大きい木のもとにたどり着いた。 そこにいたのは…。 ―――――――――― 老婆に案内され、少女はとある森へと来ました。 老婆の足はまだ止まらず、二人はこの森の一番奥にある泉にたどり着きました。 「さぁ、この泉の水を飲んでくだされ」 「は、はい…」 初めて来た森。初めて見る綺麗な泉に少しの恐怖心を持っていた少女でしたが、王のため。 そのために、少女が手で水をすくおうとした、その時 「泉の水を飲んだくらいで、強くなれるわけないであろう!」 この森まで案内してくれた老婆が、突然王妃に変わり、いえ、戻りました。 王妃は以前から少女のことを良く思ってはいませんでした。 「っ!ま、まさかここは『異界の泉』ですか?!」 そのため、世界から少女の存在そのものを消そうと考えた王妃は、『異界の泉』と呼ばれる、『清き善きものは新たな世界へ、卑し悪しきものは暗き地の底へ』という伝承のある、この泉を使って少女を亡き者にしようとしたのです。 王妃の攻撃をよけようとした少女でしたが、背後には泉。逃げるには前に行くしかありません。 しかし、王妃を傷つけるわけにもいかず、成す術の無い少女は泉へと落ちてしまいました。 『新たな世界か、暗き地の底か。果たして彼女はどちらへ行ってしまったのでしょうか…』 『あれ?おばあちゃん、おはなし、おわり?』 『ふふ。このお話はね、聞いている人がお話の続きを作るんだよ』 『なにそれー!じゃあ、僕がおはなしを作るの?』 『そうだよ。…アーサー、お前は少女がどちらへ行ったと思う?』 『え?んっとねー、僕はねぇ…』 ―――――――――― 「マジかよ」 目の前に倒れていたのは、雪のように白い肌、絹糸のような黒髪…そして 「ん…」 透き通ったガラス玉のような瞳を持つ少女だった。 「お前が、…」 「あ、アーサー様っ…!?」 王って、あの『王』だったのか?それとも名前が一緒ってだけの偶然か? いや、そんなことはどうだっていい。 俺は、少女を…を… 「何故このようなところに?私は確かに『異界の泉』に落ち…」 抱きしめた。 「な、何をなさるのですかっ?!」 「悪い…このまま話を聞いてくれ!」 「?は、はい…」 童話の中の少女。 名前も顔も、知らなかった。俺が知っていたのは、彼女の色だけだった。 だけど、憧れを抱いていた少女。 そんなのが目の前にいて、惚れないわけがなかった。 「俺はお前の知ってるアーサーじゃない。だから様付けしなくていいし、きっと強くもない」 「そう…なのですか?でも、お顔も声音も」 「いや。俺達は今はじめて会ったんだ。だけど俺は、お前が…が凄い奴って知ってる。ずっと、憧れてたんだ…」 「私に、憧れを?」 「そうだ。だから…」 そこでの瞳を見た。 「のことが好きなんだ!俺と一緒に、生きてくれ!」 顔と声…容姿が同じだとしても、自ら「違う男」と言った俺に…初めて会った男にいきなりこんなことを言われて、は案の定驚いていた。 しかし、は俺をしっかりと見てくれた。 「…いいえ。同じです」 「え?」 「同じです。あなたは確かに私の知っている『あの方』とは地位も立場も違うのかもしれません。第一、ここはあの時代ようではない。ですが、あなたの顔、声、瞳、そして心魂…。その全てが、私の憧れた…アーサー様と、同じです…」 「…」 「あなたと出会うために私は、『異界の泉』に落ちたと思いたい」 俺はの言っているアーサーを知らない。だけど彼女が同じと言うからには同じなんだろう。 俺だって、に会うためにここにいると思いたい。 は俺の手をとると、祈るように言葉を紡いだ。 「私も、あなたと共に生きたいです…アーサー」 桜色の小鳥が、俺達を祝うように孤を描いた。 新世界で会いましょう |