私の兄は警察官だ。 だがしかし、それを疑いたくなるほどの遊び人でもある。 非番ともなれば夜まで帰ってこない、というか朝帰りなんてしょっちゅうだし、家に女の人をつれてくることもままある。毎回違う女の人っていうのが…。自分の記憶力の良さ故に兄に紹介された女の名前はほぼ覚えている。(兄はきっと覚えてないだろうけど) お父さんとお母さんが5年前に亡くなってから、ここまで私を育ててくれたのはものすごい感謝してる。でももう少ししっかりしてほしいというか、遊び人気質を直してほしい。 同僚によると仕事中はマイペースながらもちゃんと働いているらしい。本当なのかな…。心配になるけど兄には 「仕事場には来ちゃダメだぞ。お兄さん以外にかわいい妹を見せるなんて…そんなことしたらが誰にとって食われるか!」 って…一番危ないのはあなただよ。今まで何人食ってきたのか覚えてますか?フランシス・ボヌフォアさん。 ―――――――――― 「あーもー!なんなのよカワイイ妹の誕生日だってのに帰ってこないなんてふざけてやがってコンチキショウ!」 「荒れとるなぁー…」 「そりゃ荒れるわよ!また女の人のところにでもいるんだよ!連絡もいれないで!代わりに酌しなさいアントーニョ!」 「まだ飲むん?ええ加減にせんと体壊すで」 と、私から酒瓶をとりあげるアントーニョ。 なによ、年に一度の誕生日なんだからいっぱい飲んだっていいじゃない。それに目の前に高級ワインがあるっていうのに飲まないなんてワインがかわいそうじゃないの。フランシスの分なんて絶対に残してあげないから! 「なぁ、酔いつぶれたら誰が介抱する思てんの?それともそない俺とヤリた」 「死ねバカ!」 ドグシャァア!!(顔にめり込むパンチ!) 「い、痛い!アカン!いぢめんといて!」 「うっせバカ!フランシスは帰ってこないしギルは遅いしもう帰れこの遅漏ども!」 「遅漏って…ヤったことないやん…」 お酒のせいで変なこと口走ってるような気がしなくもないけど華麗にスルー。 そうそう。今日は私の誕生日なわけで。フランシスもちょうど非番だったらしく、じゃあアントーニョとギルベルトも呼んで私の誕生日会を開こうとなって…。でも今いるのはアントーニョだけ。どうなってるのよ…。 ギルベルトは仕事で遅れるって連絡があったけど、フランシスは連絡一切なし。あーもー。本当に帰ってきたらひっぱたいてやる! ピンポーン。 「ん、誰かな。アントーニョ出て」 「ここはボヌフォア家とちゃうん?」 「ここにいる以上みんなボヌフォア家…の下僕です」 「げぼっ…泣いてええ?」 「とりあえず3秒以内に応対して」 「はい…」 アントーニョをパシらせ私の家のインターフォンをとってもらう。あ、ギルベルトか…。 うーん。頭痛くなってきた。もういいや。ギル、アントーニョ、ごめん寝る。 「おやすみ」 私が最後に見た光景は、アントーニョがドアを開けギルが入ってくるところ。 ―――――――――― 「誕生日おめで…おまっ、折角来たのに何寝てやがる!」 「飲みすぎて寝てしもたんやなぁ」 「それにしてもタイミングよすぎだろ…」 「計算」 「こいつがしてるわけねぇ」 「そやな」 んだよ。本当空気読めねーな。そこんとこは兄妹の血が同じというか。が欲しがってたっていうピアスもかってきてやったってのに寝やがってよう。鼻つまむぞ! とぅるるるる…とぅるるるる… 「電話か」 「次はギルベルトよろしゅう」 「は?何で俺なんだよ」 「さっきインターフォン出たの俺やもん。もう出たないで俺。選手交代や。早よう出んと切れるで!」 「しょうがねぇな」 インターフォン、そういえばそうだったな。と思って、ネクタイを緩めながら受話器をとる。 アントーニョは呑気にワイン飲みながら桧の頭撫でてやがる。ちきしょう俺も飲みてー。撫でてー。 「はい」 『ボヌフォアさんのお宅ですか?』 「あ?あぁ、はい。えっと、どちら様ですか?」 いいえ、バイルシュミットです。と言いそうになって、ここはとフランシスの家だな、と思って肯定の返事をする。 『パリ市警です。至急ご家族の方にお伝えしてほしいのですが…パリ郊外のアパートで立てこもり事件が発生しました。武装グループが発砲した銃弾が、現場に居合わせたフランシス・ボヌフォア警部の腹部に被弾し、現在○○病院に輸送中です。場所をお教えいたしますので大至急そちらに向かっていただけますか?』 「は?」 『突然のことで気が動転なさると思いますが。詳細はニュースを見ていただけますか?場所は…』 受話器の向こう。パリ市警だかなんだかの女が淡々と話している。 フランシスが撃たれた? 病院の場所を言う声が、全然聞こえねぇ。俺の心臓の音しか聞こえねぇ。 マジか?マジで撃たれたのか?嘘だろ。ありえねぇ。あんなヘラヘラして遊び呆けて、殺してもしなねぇような男が… 撃たれた? 「それでは失礼します」 「ちょっ、待て」 プツッ、ツーツーツーツー 電話が切れた。なんて態度だ。一方的に話して、一方的に切りやがった。本当に警察なのか? いや、そんなことはどうだっていい。今はただ… 「おいアントーニョ!テレビつけろテレビ!」 「ん?なんやそない大声出してどしたん?」 「いいから早くつけろ!」 「りょーかい」 こいつのいつでもマイペースなところが本当にムカつく。つけろって言ったらつけろよバカ! 「ニュースにしろ!」 「なんなん?自分でしてや」 アントーニョがイライラすんのもわかるけどよ、今はそれどころじゃねぇ! 『パリ郊外でアパート立てこもり事件が発生し、数名の警察官が撃たれました』 「物騒やなぁ…」 「静かにしてろ!」 「ギルベルトのがうるさいで…」 「…」 『現在名前が判明しているのが、フランシス・ボヌフォア警部…』 「はい?」 「マジ、かよ…」 目が点になってるアントーニョを見てから、寝てるを見る。 なんで…なんでフランシスなんだ。いや、他だったら誰でもいいってわけじゃねぇけど。 でも今日はの誕生日なんだぜ?神様ってのは本当に空気読めねーな。 違うな。武装グループとかいう奴ら。奴らの信念がなんだか知らねぇがこんなの間違ってるだろ…。 「え、同姓同め…」 「だったら家に電話なんかこねぇよ!いつまで呆けてやがんだよ!」 「今の、電話…どこ?警察やったん?」 俺は首肯して答える。ぐだぐだ言ってねぇでさっさと動けよ。 「起こして、とっとと病院行くぞ。アントーニョ、お前飲んだよな?」 「すまん」 「いい、俺が運転する」 本当にどうなってんだ。電話をとったのも俺。車を運転するのも俺。 俺はそんな責任感のある男じゃねぇ。の面倒を見る気もねぇ。 頼むフランシス…。生きててくれ。お前の妹のために、生きててくれ。 ―――――――――― 結局は起きんかった。仕方なく抱えて車まで運び、ギルベルトが運転席、俺とは後部座席に座る。 車に乗ってからがようやく起き、事情を説明する。 「ええか、落ち着いて聴いてな」 「何?!どっかホテルに連れてくならぶっ殺すわよ」 「…死にそうなんは俺らやない」 「?」 「フランシスが撃たれた」 「はぁ?何言ってるの?冗談よしてよ。今日非番なんだよ?そんなの通じないから…」 そう思うやろな普通は。俺かてそうやし。でもな… 「俺らは冗談でこんな顔せえへん」 「嘘でしょ!嘘だよ!」 「嘘じゃねぇっつってんだろうがバカ女!」 「ギルベルト!」 「っ…!ひっ、くっ…なん、で…。なんで…」 ギルベルト…強すぎや。あ、自分でもわかったんか舌打ちしとる。気持ちはわかるで。でもこういうときこそ落ち着かな。 それからはずっと「なんで…」と言っていた。俺は「なんで」がなんで?と思うたけど、触れんかった。 車内にはの声だけが響き、病院につくまで俺とギルベルトは何も喋らんかった。 ―――――――――― 一歩、一歩、病院の中を進んでいく。それはこのうえなく早いような、しかし限りなく遅いような。感覚が消え去るくらい、衝撃という衝撃が私の全身を駆け巡る。 確かに兄は警察官だ。有事の際は死と隣り合わせみたいなものだ。 だけど、いつもへらへらして女遊びも激しくて絶対死ななそうな顔してるくせに腹部に被弾して意識不明だなんて… なんで私の誕生日に…お父さんとお母さん…その上フランシスまで。 いいやまだ死んでない。生きてる。死なせない。このまま死んだら…。 私が考えながら歩いていると、いつの間にか病室についていた。横たわってるフランシスが私の視界に入る。 悲しみよりも怒りが沸き、止める看護師とアントーニョを振り切って、フランシスの体につかみかかると大声で叫んだ。 「何やってんのよバカ!さっさと起きてよ!簡単にぶっ倒れないでよ!何回でも家に女の人連れてきなさいよ!アンタまで私を置いていく気なの?お父さんとお母さんの真似なんかしてないでさっさと起きてよバカ!置いていかないでよ!早く起きてよ…起きてよ…フランシス………………」 ああ…。今日はの誕生日だったような…。 街のネオンが、パトカーのランプが…光って、きれいだ…。 ごめんな、ちょっと帰れそうにない。もう少し早く署を出てればここにくることもなかったんだけどな。 今まで散々女遊びしたり、に迷惑かけたりしてたから、罰でもあたったか…。 本当に、こんなお兄さんで悪い…。って、聞こえてないか。 できれば、最後に顔が見たかったな…。「…」の。 「フランシス…お兄ちゃん…」 ―――――――――― 「いやー、それにしても死ぬかと思った!」 「勝手に死んだら私が殺してやる!」 「二度も殺すなよ!出来るかっての!」 「ならやりかねんと思うで…」 「確かに…」 あれから、二日後。兄は目を覚ました。そして一ヶ月が経ち、今にいたる。退院祝いにいつもの4人が集まり家でパーティをすることになった。ついでに私の誕生日会…。ついでって何?! 既に以前のような元気を取り戻して、もう少ししたら仕事にも戻るらしい。やっぱりフランシス殺しても死ぬような男じゃなかった。 武装グループの犯人は兄が一度遊んだ事のある女性だったらしい。そして聞き出した情報が役にたって逮捕までこぎつけたらしい。やるじゃん、と思うけど、でもやっぱり遊んでたときに殺されてたんじゃないかと考えると怖いものがある。 あのときは「何回でも女の人連れてこい」って言ったけど、これにこりて少しはマシになってくれるといいんだけど…。 そうすれば「フランシス」じゃなくて 「お兄ちゃん…」 なんて昔みたいに呼んでもいいんだけどね。 「!い、今なんて?!」 「何も言ってない!」 「つれないなー。もう一回言ってもいいんだからな。お兄ちゃん待ってるぞ☆」 「誰が言うか!」 「あ!忘れてた…。誕生日おめでとう」 「人の誕生日を忘れるな!」 命がけバースデー (誕生日だけじゃない。命日ということも忘れないでね…) |